仙台公演 シゲさんレポート

2014年3月11日

今回の活動報告を書く前に、ふと、前回の仙台公演を振り返りながら活動報告を読み返してみた。

今回はスケジュールの都合で出来なかったが、演じる側も観る側も、とても芝居に集中できる80人ほどの客席という素敵な空間『せんだい演劇工房10-BOX』での公演の事。80人から一気に400人キャパというイズミティーホールで、かなりビビッてた事。仙台まで足を運んでくれた石巻の人たちの事。そして仙台公演に至るまでの事を思い出した。そんな活動報告を読みながら『結構・・・いいこと書いてるなぁ〜。』と、振り返り自画自賛活動を終えて、改めて今回の活動報告を書き出そうと思う。

 

 

 

 

 

東京での初演が2011年12月末。その後2012年3月と12月にも下北沢の『Geki地下Liberty』という小劇場で2度再演し、2013年8月には、下北沢から飛び出して、新宿スペース・ゼロホールで、鈴木省一くんの写真展【いしのまきのあさ】と、石巻の物産展【美味想い(うまおもい)市】をロビーにて同時開催し、芝居だけではない【ISHINOMAKI.Fes(イシフェス)】として、今までとは違ったカタチで『石巻の今』を伝える公演を行った。

東京では4度【イシノマキにいた時間】を公演してきたが、東京以外に再演させてもらった場所は、札幌、石巻、そして今回の仙台で3ヶ所目だった。2014年の4月22日に鹿児島での再演が決まり、他にも再演に向けて動いてくれている場所がいくつかある。それは、地元での公演を見た人が『もう一度見たい。』という思いの上に『この舞台を、より多くの地元の人たちに見てもらいたい。』と強く思って動いて下さっている。自分たちが『やる』と決めて再演するのとは違った意味があり、『伝える』が繋がっていくことには、ホントに感謝である。そして、その『伝えるを繋げる』という思いがとても強かったのが仙台公演の主催であるKHBのみなさんだったような気がする。それは、2013年の仙台公演が終わった日に、次回の公演を2014年の3月にやると決めていたからだ。

2013年6月、仙台での公演後、10月からKHB(東日本放送)で、【おじゃまツナギッます!】というタイトルの、月1レギュラー番組をやらせていただいてる。イシノマキにいた時間のキャスト3人がメインという、めちゃくちゃチャレンジな番組である。タイトルの意味は、東北出身者がひとりもいないという事で『おじゃまいたします』という気持ちと、東北のみなさんと『繋がっていきましょう』という意味を合わせた【おじゃまツナギッます!】で、気持ち的には超・下から目線の番組を目指した。番組の企画・内容などもゼロからのスタートで、毎回試行錯誤しながらの放送だったが、知名度が低くイケメンでもないオッサン2人とポッチャリ1人の番組をテレビでスタートさせるのは大冒険だったと思う。そんな番組が、どうにかこうにか半年続いたのは、いい意味でローカル局だから出来る試みと我慢と挑戦だったのかなと思う。

今回の仙台公演もKHBの主催として3月11日という日に決まったが、この日に公演するべきなのかをものすごく考え、この日に公演する意味も考えた。そして、自分の中で出した答えは、見る人が、この日に見る意味を決めてくれればいいという答だった。それは、これからも自分たちが伝えていく舞台の1日と同じ365日の内の1日だということと、3月11日という日の過ごし方は、人それぞれなのだという事が、これからも伝えるを繋げていく事なのだと思うのだ。

そして3月11日という日に2回の公演を終え、アンケートに多くあった『この日に見れて良かったです。』というコトバ。今度は、そのコトバの意味を、改めて考えなければいけないと思っている。

この舞台では、次の公演場所のチラシを、見に来てくれた人たちに配り、次の公演地にいる友人・知人に伝えてもらう『他力本願システム』を続けている。舞台を見てくれた人たちが送ってくれたチラシが『伝えるを繋げて』くれている。だからこそ、伝えたい想いは、これからも『自力本願』でいようと強く思った仙台公演だった。

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