名名古屋公演 シゲさんレポート

2014年6月18日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村瀬くん、バトンを持って、どこまで走る気や?

名古屋での再演は、最年少実行委員長・村瀬裕介くんの熱さと明るさと心地よい強引さが、ものすごい勢いで、勤めている会社の人たちや友人たちを巻き込み、そして、名古屋だけにとどまらず、全国の友人・知人に、巻き込み型の伝染病を発症させていったようで、それは、伝染したのではなく、もしかしたら、もともと村瀬くんと同じ伝染病を持っている人に、彼は狙って矢を放ったような気がする。

2013年12月に行った名古屋公演の実行委員長は、石巻で知り合い『石巻通心』の編集にも、タイヘン大きな力を貸していただいた中京大学教授のキム・ギョンモクさんで、その年の6月に行われた仙台公演を見終わってすぐに楽屋に来て『是非、名古屋でやりましょう。』というヒトコトから始まった。ギョンモクさんがバトンを持って走り始めた瞬間だった。そんなギョンモクさんの動きも早くてビックリしたのだが、そのギョンモクさんから12月にバトンを受け取った村瀬くん、いや、受け取ったというよりも、もぎ取った感じでバトンを持って、ものすごい勢いで走り始めた。その勢いは、マラソンだと、給水所に辿り着いても、水を飲まずに、その給水所の人も一緒に巻き込んで走りながら、沿道で旗振って応援してくれてる人も連れて走り、一緒にマラソンを走ってるライバルにも「このレース、私に任せて下さい!」と、その先頭を走ってゴールに向かってる・・・そんな映画『フォレスト・ガンプ』のワンシーンのような画が浮かんだ。

実は、実行委員会という形で公演を行うことに、少し限界を感じていた。地元の方たちに大きな負担になってるんじゃないかと、いや、負担になるというのは、もともと感じていた事ではあるのだが、各地の実行委員会のみなさん、特に実行委員長さんは、劇中の『出来るか出来ないかではなく、やるかやらないかだ。』というセリフが自分の思いと重なってスタートし、熱い思いで動き始めてくださるのだが、みなさん、舞台制作が本職の人たちではないので、たくさんの初めてを経験し、自分の仕事外での作業に、きっと『出来るか出来ないかではないけど、これ、出来るかなぁ・・・』という思いに襲われた事が何度もあって、そんな初めてのハードルを、いくつも乗り越えての公演は、ホントに大変だと思う。入場料金の設定を2,000円以内でお願いしてることが、一番大変で高いハードルとなっているのかもしれない。この舞台を見ていただく上で、飛行機や新幹線などの交通費、宿泊費、そして劇場の使用料などなど、最低限かかる費用があり、それを入場料や協賛でお願いしているので、2,000円という値段設定だと、かなりの集客をしないと公演自体を行えないし、今後続けられない・・・分かってはいるのだが、2,000円以上にして欲しくないということを、まずお伝えしている。とにかくたくさんの人に見てもらいたいという思いと、僕の中では、この舞台は演劇という意味合いよりも『伝える活動』という意味が大きい。そんなワケで、各地の実行委員の人たちには、大変な負担を、そして、それ以上に、照明さん、音響さん、制作スタッフには、ものすごい無理をお願いしてる。今後、どこまで続けていけるか分からないが、いつか、アラブの石油王みたいな人が現れてくれないかなぁ・・・とも思ったりする。

名古屋の実行委員長・村瀬くんには、そんな大変さ感が全くなかった、というか見せなかっただけかもしれないが、それは、彼がJSTという旅行会社で、スタディーツアーという、人の繋がりの濃いツアーを企画、実行している事が大きいのだと思う。実行委員も30人近くの人が集まってくれて、公演の準備、本番、物産展の販売、片付けを、ものすごく楽しそうにやってくれた。平日なのに昼夜2回公演、そこには、村瀬くんが『この芝居を、自分の大切な人や、大切な人の大切な人に見て欲しい。』という想いがあり、夜公演では追加席も出て、アラブの石油王、出番ナシだった。

 

名古屋再演での実行委員の人たちは、石巻や、陸前高田、気仙沼など、いろんな場所から受け取ったバトンを持っていた。そして、写真展は、鈴木省一くんの【いしのまきのあさ】だけではなく、現在、名古屋、いや、三河安城在住の上野祥法(ヨシノリ)くんの【a day in the life】も急遽開催出来た。

ヨシノリとは10年以上の付き合いで、震災後スグに石巻で活動し、僕が石巻に行くキッカケになった男だ。この舞台が2人芝居の時のゲネプロ(本番前の通し稽古)を見ている、スタッフ以外では、一番早い観劇人だ。そんなヨシノリの写真展だが、あまりに急過ぎたので、準備が公演当日の朝となり、伝えたい写真をプリントアウトしている時に、インクが無くなり、結局、10枚ほどの【a day in the life】・・・人生の10日ほどしか展示できなかった。それも、どこかヨシノリのヨシノリらしいところではあった。また、物産展『美味想い市』を手伝ってくれた実行委員の人、石巻で活動していた友人たち、その中に、石巻で生まれ、石巻で育ち、そして、あの日も石巻にいて、今は、これからの石巻を描き、想像しながら活動している『へっぽこ勇者(本人談)』高橋さやかちゃん(さやざん)もいた。ただ、本人的には、バスを乗り継いで公演を観に来ただけだったのが、いつのまにか物産展を手伝わされていた。それもまた、さやざんらしいところではあった。千種文化小劇場のロビーは、いつもにも増して、石巻色の濃い空気が漂っていた。

次回は、北海道の札幌と富良野で【イシノマキにいた時間】と【キッカケの場所】の同時上演、そして釧路でも【イシノマキにいた時間】の上演。ここでもまた、たくさんの石巻を感じてもらいたい。名古屋のみなさん、そして、これまで全国で舞台を見てくれたみなさん、まだまだ、お付き合い下さい。

最後に、実行委員のみなさん、そして、平日のしかも雨の中、足を運んでくれたみなさん、本当にありがとうございました。

グッチ~の名古屋滞在録 その1 ・ その2
(イシノマキにいた時間 Official blogへと飛びます)

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