東京公演 制作レポート

2012年12月25日(火)〜30日(日)

 

 

 

 

 

皆さまの大きな声援のお陰で、丸ごと1年「イシノマキにいた時間」を通じ、石巻と共に歩ませて頂いた2012年。劇場に足を運んで下さる皆さまに、より深くあの頃の石巻を感じてもらう為、シゲさんは毎公演、台詞を見直し、演出を見直し、映像を見直し、細部の細部までマイナーチェンジを重ね、挑んだ全国公演であった。同じシーンでもほんの少しの言い回しや、言葉の強さ、動き方で伝わり方が変わる。3人の中で1番長く石巻に居て、今も行き来を続けるシゲさんが感じる「今の石巻」の空気感をミーティングや稽古の中で、共有していく。勿論、自分達も仕事の合間に石巻を訪れながら。役者としても、3人がそれぞれの役と向き合い続けた1年でもあった。
この作品から発せられるメッセージを受け取りに、同じ公演に誰かを誘って、もう1度来て下さる方や、各地の公演を追いかけて観に来てくれる方も増えてきた。本当に有難い。

 

初演から1年、三人芝居になって9ヶ月ぶりの下北沢・Geki地下Libertyには、年の瀬にも関わらず多くの皆さまが、足を運んで下さった。予定していた8ステージは、早々にまさかのSOLD OUT!!追加公演3ステージも完売。東京公演は5日間の来場者1,000名。

 

 

 

東京公演にご来場頂いた皆さま、応援して下さった皆さま、本当に有難うございました。
今回のレポートは1年の総括含めシゲさん、田口くん、ヨッさんの3人からお届けします。

 東京公演 シゲさんレポート

2012年3月の東京公演の後、たくさんの人の協力と、たくさんの人の想いで、石巻での【イシノマキにいた時間】公演が実現し、その後、全国公演がスタートした。今回の東京再演までに鹿児島・富士宮(静岡)・富良野(北海道)・上越高田(新潟)・札幌(北海道)と5ヶ所11公演で、伝える活動が出来た。やっと役者としての活動が出来たような気がする。もちろん、全国公演も最初から決まってたわけではなく、ひとつひとつ広がるように決まっていったので、1年間この芝居を続けるとは思ってなかったし、常に『今も流れてるイシノマキの時間』を伝えないと、と思っていただけに、正直、戸惑いもあった。復興に向けて歩んでいる石巻を見ながら舞台を続けていくうちに、戸惑いがなくなったのは『あの頃の石巻』を知ってもらった上で『今の石巻』を知ってもらうコトが大事なんだと感じるようになったからだと思う。それは、石巻に限らず、どこの被災地でもそうなんじゃないかとも思った。

 

震災後、石巻に集まったボランティア達
震災後、石巻に集まったボランティア達

石巻に到着した日の夜、ミーティングで『被災した人と同じ気持にはなれないけど、その気持ちを想像しながら行動して下さい』と言われた。作業をやっていて、ごくまれに、地元の人たちからキツイ言葉だったり、傷つく言葉を言われることがあるかもしれないが、それは、家族を失っていたり、家がなくなっていたり、ずっと避難所暮らしでストレスが溜まっていたり・・・ここ(被災地)は、自分たちが経験したことのない事が一度に押し寄せた場所なんだということを頭に入れて活動してください、という心得だった。

2011年5月 ボランティア作業中のシゲさん
2011年5月 ボランティア作業中のシゲさん

あの頃から、復興に向けて町は大きく変わってきた。正直、自分が想像してたより、はるかに速いスピードで町が変わっているように感じる。ただ、変わってきた結果だけを伝えると、本当の意味で『今、何が必要か?』が伝えきれない気がする。今の石巻だけを見て『足りないモノ』は伝えられるかもしれないが『必要なコト』が伝えられないのではないかと。それは、きっと石巻で最初に言われた『被災した人と同じ気持にはなれないが、その気持ちを想像する』コトが、今も大切なのだと思う。

だから、今回の東京再演でも、石巻に行ったことがない人にも、あの頃の石巻を感じてもらうことで、今の石巻で『必要なコト』も想像してもらいたいと思った。

外(という言い方が正しいかどうか分からないが)から見ると『なぜ必要なのか?』と思う支援や活動があるかもしれない。いつまでもボランティアがいる事が、町のためにはならないと思う人もいるだろうし、もちろん、間違ってないとも思う。もしかしたら、ボランティアという呼び方自体が変わっていく時期なのかもしれない。今、石巻に住んでいる元ボランティアたちは『この町のため』から『この人』のためという想いに変わっていて、それが、自然にこの町のためになればいいという想いで、それは、ボランティアの活動から自分の生活に変わっているように思う。街の復興のためには街が繋がり、人の復幸には人が繋がる。きっとそれは、被災地に限ったことではないんだと感じた2012年だった。

3月の公演と、ほぼ同じ内容の【イシノマキにいた時間】だが、初めて見る人にも、何度も見てくれてる人にも、今を想像して欲しいという願いで、再演したいと思った。

 

 東京公演 田口くんレポート

僕が演じる飯田人志のセリフに「あっという間に1年◯か月が経ち……」というのがあります。人志がボランティア活動で経験した事を、母校で在校生に話している時の言葉です。

2012年3月の再伝の時は「あっという間に1年が経ち」という言葉を使い、その後全国で公演をさせてもらう毎に、「1年3カ月」「1年6カ月」「1年9カ月」と実際の月日に合わせ変えてきました。劇中では、震災から8か月が経ったイシノマキを伝えていますが、「今の石巻」を見て感じる事で、「あの頃の石巻」を伝えられるのではないかと思い、公演の度に石巻へと行っていました。

そして、行って見て回るだけではなく、石巻のおいしい物を食べ、食を通して、石巻の魅力を伝える『トモ食い』(田口智也の食べ歩き)というブログの企画も誕生しました。

支援の形が少しずつ変わり、それぞれが出来ることをしていく中で、僕の『私援』を見つける事が出来ました。そしてこれは、公演が無くても定期的じゃなくても、継続していければと思っています。

 東京公演 よっさんレポート

牡蠣の身、試着中
牡蠣の身、試着中
シゲさんが、東京公演のエンディングで荒波牡蠣(石巻市の東部支所で育てている外海で養殖する珍しい牡蠣)の着ぐるみを着たいと云うのでデザインをしました。そのラフ描きを見て富良野の舞台監督さんが九澤さんが貝殻を作って下さいました。そして本番の一週間前に『よっさん、身の部分を作ってくれへん』と云われました。普通そんなギリギリに云いますか?(笑)一週間前ですよ!一週間前!なのにシゲさんは『よっさんがデザインしたんやから、一番形に出来るのはよっさんやろぉ〜』って。。。だったらもっと早く云ってくれっつうの!それから慌てて材料を探して買って、イメージを形にして、ミシンかけてと。。もう夜なべのお母さん状態でした。それで出来たのがアレな訳です。まぁ、ムチャぶりでしたが、正直作ってて楽しかったんですけどね(笑)
荒波カキ男
荒波カキ男

この作品は本編ではあの頃の石巻を伝えていますが、毎回エンディングでは今の石巻を伝えています。全国を廻って来て少しずつ現地の現状も変わって来ていて、その都度の今を伝えて来ました。今回シゲさんは、今の石巻の浜の現状を荒波牡蠣になって、荒波牡蠣の立場から皆さんに伝えたいと云いました。牡蠣は処理場が無くては出荷が出来ないコト。建設費には一棟何億円もかかるコト。そのお金は、津波で全て流された漁師さんたちも負担しなければならないコト。そして良く行く浜にやっと牡蠣の処理場が出来たコト。皆さんから支援金を預かる以上は今の色んなコトをちゃんと説明しないと。『せやから、やっぱり牡蠣の処理場のお礼は牡蠣から云わないといけない思うねん。。』って。。。

シゲさんの云ってるコト、ぶっ飛んでるけど(笑)ちょっと理解出来ました。

ということで、2013年もボクらの出来る形で、石巻を伝えて行きたいと思います。
2012年「イシノマキにいた時間」にお付き合い頂き有難うございました。

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