東京公演 シゲさんレポート

2013年8月9〜11日

フェスティバルにしようと思った。夏フェスも各地で開催されていたので、いろんなアーティストの音楽を楽しめるフェスではなく、いろんな石巻を知ることができるようなISHINOMAKI.Fes(石フェス)にしたいと思った。

4度目の東京公演は、全労済ホール/スペース・ゼロさん主催のもと、これまでにないキャパの劇場で公演出来ることになり、そうなると、たくさんの人に足を運んでもらい、そのたくさんの人たちが、直に今の石巻を感じてもらえるような『石巻祭り』にしたいと思った。東京の新宿に石巻!!漁業の町・石巻を伝えるには、ロビーいっぱいに飾れる大漁旗、今の石巻の風景を伝える写真展、そして、家に帰っても、しばらく石巻を感じてもらえるには、石巻の美味しいモノや想いの詰まった手作り品、この3つのアイテムが揃えば、石フェスになると思った。あ・・・もうひとつ、お芝居もだった。

外から見た終演後の劇場ロビーの様子
外から見た終演後の劇場ロビーの様子

大漁旗は、牡鹿半島狐崎にある東浜小学校からお借りできた。東浜小学校は、2012年6月の石巻公演の時に会場としてお借りした小学校だ。浜の小学校は、運動会などの学校行事で大漁旗が飾られる。東浜小学校には鹿立浜と福貴浦の漁師さんたちから寄贈されていた大切な大漁旗があった。そして、その大漁旗を全部貸していただけた。劇場の雰囲気は完全に浜になった。
ヨッさんがよく言うフレーズが『これで勝ちましたね。』である。劇場の雰囲気が出来ると『劇場に勝ちましたね。』と言い、脚本や演出プランが出来ると『これで、お客さんに勝ちましたね。』と言う。喜んでもらえるという意味なのだろうが、幕末好きの男だからだろうか『勝ちましたね。』という。そして最後に必ず言う。『劇場にも勝って、お客さんにも勝って、あとは・・・自分に勝てるかだな。』と・・・そこ、一番最初に勝てよ!

今回に始まったことではないが、写真展や石巻物産展も、どうすれば出来るかを決めるより前に、やると決めた。いつも、どこかに『出来るか出来ないかではなく、やるかやらないか』思考があって、決めてからたくさんの人にお世話になる。このシステムを『巻き込み型舞台』と呼んでいて、巻き込まれる人は、巻き込まれたいオーラを出してたりする・・・と、勝手に思ってる。鈴木省一くんの写真展『いしのまきのあさ』には、アートディレクターの吉澤正美さんを巻き込み、ロビーでの展示のアイデアなど、写真展の実現に大きなアドバイスをいただいた。もちろん、この時もヨッさんは『これ、ロビー勝ちましたね。』と言ってた。石巻の物産展『美味想い(うまおもい)市』でも、たくさんの人たちを巻き込んだ。今回の巻き込みレポは、ヨッさんとグッチーに任せよう。

東京で配った「他力本願チラシ」
東京で配った「他力本願チラシ」

いつも【イシノマキにいた時間】の舞台を手伝ってくれる劇団プレステージのお芝居を作・演出した時に『他力本願』をこんな風に書いた。『他力で本願を叶えれば、他力もうれしい。きっと他力も喜んでくれる。』と。この【イシノマキにいた時間】は、まさにそんな舞台じゃないかと思ってる。公演した各地で見てくれた人が、次に公演する場所の親類、友人、知人、元カレ元カノ?に連絡をして『とにかく見て欲しい』と伝えてくれる。もちろん、僕たちが一方的に配った『他力本願チラシ』にメッセージを書いてもらって、切手代は自腹で送ってもらうという『他力本願システム』で、たくさんのチラシを送ってくれる人もいる。『次回の公演場所、自分の出身地なんで、大学にチラシを置かせてください』と連絡してくれる人もいる。舞台を見た人が直に伝えてくれる、まさにダイレクトメールは、本当に人が人を巻き込んで大きな輪にしてくれている。

石巻の夏には『川開き祭り』という大きな祭りがあり、今年も沢山の人で賑わっていた。そして石ノ森章太郎さんの漫画館がある石巻には、アニメのヒーローの像が街のアチコチにあって見守っている。そんなアニメのヒーローで『今の石巻』を伝えたくて、またまたヨッさんに無理を言った。『前が仮面ライダーで、背中がショッカーの仮面ショッカーを作って。』と。『はぁ〜〜〜〜?』と言いながらも、見事な着ぐるみが出来て、やっぱり言ってた『これ、勝ったな。』と。もちろん、その後に『あとは自分に勝てるかだな』とも。ヨッさんが自分に勝てる日は来るんだろうか?

4度目の東京公演では1,200人もの人が観に来てくれた。いや、ISHINOMAKI.Fesに参加してくれた。またまた、大きな感謝です。

仮面ライダー(表)          ショッカー(裏)

仮面ライダー(表)ショッカー(裏)

 東京公演 田口くんレポート

 

東京公演では、石巻物産展【美味想い市(うまおもいいち)】が催されました。美味しいのは勿論、石巻の皆さんが丹精込めて作られた想いの詰まった物を感じてもらいたい!と、東京のピースボート災害ボランティアセンター(PBV)の皆さんと、石巻在住のPBV岩元暁子さん(あきさん)の協力の元、猛暑の中、準備に手配にと奔走してくださいました。東京と石巻とで連絡を取り合い、厳選した逸品。その数なんと段ボール24箱分、1200点以上!
現地で地元の方々と親交を深め、活動を続けているあきさんだからこそのチョイス。「石巻やきそば」や「さんま昆布巻き」「木の屋さんの缶詰」「磯汁セット」「牡蠣味噌」など、ごはんのお供にもお酒のおつまみにも最高な食品。そしてTシャツや草履、大漁旗で作られたブレスレット等のオリジナルグッズや、震災当時の記録が記された書籍。シゲさんが編集長、石倉さんがデザインを担当した冊子「石巻通心」や、鈴木省一さんのフォトポストカードなどなど「今の石巻」を感じられる食品・グッズが豊富に取り揃えられました。それらが会場ロビーに並べられると、そこはもう石巻でした。

終演後のレジ前は長蛇の列!!
終演後のレジ前は長蛇の列!!

 終演後ロビーへ向かうと、手に商品を持った人の長蛇の列がありました。そしてそこからは、活気あふれる声が飛び交っていました。今回の【美味想い市】で販売のお手伝いをしてくださったボランティアの方たちの声です。みなさん同じ想いで「石巻の味と想いを届けたい!」と声が枯れるまで大きな声を出して盛り上げてくれていたのです。お手伝いしてくださった方と話していると「これは○○さん(会社名)と○○さん(会社名)のコラボで作られた商品で・・・」や「お椀にお湯をそそいでこれを入れると磯の香りがフワッとして・・・」など全ての商品の魅力を知り尽くしていました。

このセールストークで興味が湧き、購入された方も多かったのではないでしょうか。そんな皆さんのおかげで1200点以上あった商品がなんと完売!ホントにスゴイの一言です。

ご購入してくださった皆さん、ありがとうございました!家に帰ってからも皆さんに石巻を感じてもらえた事が何より嬉しいです。そして全面協力してくださったPBVのみなさんに感謝いたします。

【物産展の売上げ報告】
物産展の売上げ合計金額は、¥994,878 でした。皆さま、お買い上げ有難うございました。
物販では、仕入れ値で買い取らせて頂いた商品もあり、売上げのうち¥98,150円の利益がでました。その利益は、今も石巻で継続的な支援を行なっているピースボート災害ボランティアセンターに寄付させて頂きました。

 東京公演 よっさんレポート

写真展入口には、大きな大漁旗の写真がお客さまをお出迎え。
写真展入口には、大きな大漁旗の写真がお客さまをお出迎え。

シゲさんの云う通り、このスペース・ゼロでの東京再々演はまさに「ISHINOMAKI Fes」でした。石フェス。石倉フェスティバルではありません!(笑)あの頃の石巻を伝える『イシノマキにいた時間』と、今の石巻を伝えるためロビーで物産展「美味想い市」と写真展「いしのまきのあさ」が開催された石フェスでした。

「いしのまきのあさ」は、ボランティア仲間の鈴木省一くんが毎日撮り続けている石巻の朝の風景を伝える写真展でした。

当時、省一くんは『外から来た人間が写真を撮っている行為を見て、地元の方はどう思われるのだろうか?(2011年)4月9日に石巻に来た僕は撮れないと思いました。写真を仕事にしながらも、常に思っていました。レンズは人の視野を狭め、歪ませることも、誇張することさえもします。目の前で起っている事の一部分しか切り取る事ができません。写真は決して真実ばかりではないし、使われ方によってはどうにでも捉え方は変わります。大切なのはどう伝えるかだと。だから、被災地にカメラは持って行きませんでした。』と云っていました。しかし「無くなってしまうと何十年とこの街に暮らしている私でも、そこ何があったのかわからなくなるの・・・」と言った地元の街の人の言葉をキッカケに、2013年の年明けから毎朝、朝日が昇る前に起床し陽が昇る直前の石巻を撮り続けていました。会場にはその何百枚の写真が並んだ訳です。

 仕込み日も吉澤さんが、お手伝いに来て下さいました。
仕込み日も吉澤さんが、お手伝いに来て下さいました。

この写真展を開催することが決まって、現在も石巻にいる省一くんと東京にいるボクらでの打合せが始まりました。打合せが始まったもののボクらは勿論、省一くんも写真展をするのが初めてだったので、何から準備を始めたらいいのか?全くわかりませんでした。そこでシゲさんの知り合いのアートディレクター・吉澤正美さんに相談することに。吉澤さんは、大変忙しい方なのに快く引き受けて下さいました。というより吉俣さんと同じく、巻き込んでしまいました(笑)吉澤さんに打合せに参加して頂いてからは、シロウトのボクらとノンビリ屋の省一くんとの打合せとは大違いで、会場のレイアウトや写真の展示方法、パネルの作成、そして発注まで、ハンパじゃない数のアイデアを出して頂き、大きな力を貸して頂きました。

設営が一段落し、倒れ込むように寝ている省一くん
設営が一段落し、倒れ込むように寝ている省一くん

毎回毎回『イシノマキにいた時間』は色んな方々に助けられているのですが、この写真展が成功したのは吉澤さんのお陰です!本当に感謝です。優しさの中に、厳しい現実が写して出されている省一くんの写真たちを、みなさんに、あのように伝えるコトが出来たのは、やっぱり支えて下さった方々のマンパワーでした。

仕込み日に写真パネルの飾り付けが終わってからも、省一くんは休憩もろくに取らず、一人でずっとコツコツ微調整をしていました。見に来て下さるみなさんに、自分の撮った写真で「今の石巻」を伝えるために。。その時ボクは、仮面ショッカーの衣裳の直しを、田口くんは花火の衣裳の直しを、そしてシゲさんはエンディングのライダーの一人芝居の練習を。。。と、皆それぞれに作業は全然違いましたが(笑)「あの頃の石巻」と「今の石巻」も、全力で伝えられた東京公演でした。

 東京公演 制作レポート

全労済ホール スペース・ゼロ。演劇人とって、というか、オッサン2人とぽっちゃり1人にとっては、なかなか敷居の高い劇場である。

その劇場の社長、支配人、副支配人が、下北沢Geki地下Libertyに2012年 年末、東京再々演を観に来てくださった。全労済ホール スペース・ゼロでは、東日本大震災後から、復興支援に関わる企画を継続的に、数多く実施されていた。それはコンサート、演劇、パフォーマンス、写真展、等々、多岐に渡る。その復興支援企画の中で、我々は「ぜんろうさいエールフェスタ2012」に呼んで頂き、写真で届ける「イシノマキにいた時間」というトークコーナーに出演したのがご縁の始まり。その西山支配人から舞台の終演後、「来年、うちでやりましょう!」という有難い言葉を頂いた。

上演中にスタッフ総出で大漁旗を飾り、終演後は賑やかなロビーに
上演中にスタッフ総出で大漁旗を飾り、終演後は賑やかなロビーに

3人芝居をするには、とても大きな空間。何度も何度も、キャストとスタッフでホールを下見させて頂き、これまでで、一番時間を費やして、キャスト&スタッフ皆で空間作りを話し合った。シゲさんや皆のやりたいことが見えてくると、劇場さんを悩ませるお願いが出て来てきたのだが、その我々の我儘に、どうしたら実現できるか、その都度その都度、劇場スタッフの皆さんが真摯に向き合って下さった。こんなに賑やかなisinomaki Fes.が作れたのは、劇場スタッフの皆さんのご協力あってのことだった。

さらに、西山支配人のご提案で、東日本大震災の津波で流され修復の末よみがえった「奇跡のピアノ」を吉俣良さんに弾いて頂くことも実現した。

 

 

 

 

 

(奇跡のピアノについて詳しくは⇒コチラ。)そのピアノは西山支配人のご出身、いわき市のピアノ。津波で被災し潮を被ってしまったピアノをいわき市の調律師、遠藤さんが半年にも及ぶ、丹念な修復、修理で甦らせたピアノだった。震災に負けない!という遠藤さんの願いがこめられた「奇跡のピアノ」。そのピアノを復興への祈りを込めて、吉俣良さんが演奏してくださった。調律師・遠藤さんと吉俣さんの音楽を愛するお2人の思いが重なりあった音色は、心の奥に深く響く温かい音色だった。

荒波牡蠣復活委員会コーナーには代表の石森さんが。
荒波牡蠣復活委員会コーナーには代表の石森さんが。

ロビーには写真展、物産展以外にも昨年末「イシノマキにいた時間」で支援金を贈呈した荒波牡蠣復活委員会のコーナーも設置。津波で壊滅的な被害を受けた牡蠣処理場の復興へのドキュメント映像を流し、支援継続の呼びかけを行なうともに、処理場再建の応援をして下さっている荒波牡蠣オーナーの皆さんと、代表者の牡蠣漁師、石森裕治さんとの交流会も同時に行なわれた。

 

4度目となる東京公演は、これまでの東京公演で一番の入場者数、1,200人。

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